「Mintel Most Innovative(以下、MMI)」は、世界各国で発売された新商品の中から、消費者ニーズの変化や市場の未来を象徴する革新的な事例を選出するアワードです。MMI 2026の美容・化粧品部門で受賞したコーセーの「コスメデコルテ AQ 毛穴美容液オイル」は、日本のスキンケア市場で長年の課題とされてきた「毛穴・角栓」に対し、量子計算を活用した処方設計という新たな解決アプローチを示した製品です。本記事では、毛穴ケアがなぜ未解決課題であり続けているのか、そして本製品の開発プロセスが今後のスキンケアイノベーションにどのような示唆をもたらすのかを読み解きます。
「AQ 毛穴美容液オイル」とは
「AQ 毛穴美容液オイル」は、コスメデコルテの象徴ライン「AQ」から発売された、毛穴の角栓に着目した洗い流し用のクレンジング美容液です。コーセー公式情報では、毛穴角栓を溶かし崩し、黒ずみやザラつきのないなめらかな肌へ導く製品として紹介されています。
特徴的なのは、量子コンピューターを用いて、1,000億通り(※)以上の成分の種類と配合量の組み合わせから、角栓ケアにおける理想的な処方を導き出した点です。角栓を構成する脂質にアプローチすることで、肌への負担感を抑えながら、日々のお手入れでは落としきれない角栓や黒ずみ、酸化皮脂を取り除くことを目指しています。
※ クレンジングに適した成分の選定および配合量の組み合わせ(概算値)
さらさらとした軽い使用感や、洗い流し後のなめらかな肌感も特徴とされ、毛穴のザラつきや角栓が気になる部分への部分使いに加え、顔全体のクレンジングや洗顔の代わりとしても使用できる設計です。本製品は、単なる毛穴ケアアイテムにとどまらず、複雑な角栓課題に対して、処方設計と使用体験の両面からアプローチした製品といえます。
解決されない悩みとしての「毛穴・角栓」
日本のスキンケア市場において、「毛穴の目立ち」や「詰まり(角栓)」は、継続的に高い関心を集める悩みのひとつです。特に女性では若年層で顕著であり、18〜29歳女性の59%、30〜39歳女性の56%が肌悩みとして「毛穴」を挙げています(リンクはミンテルのお客様限定アクセス)。
こうした懸念は、毛穴を目立ちにくくする製品への明確な需要にもつながっており、若年女性の半数以上がこの効果を求めています(リンクはミンテルのお客様限定アクセス)。このことは、毛穴に関する悩みが一時的な関心ではなく、継続的な製品開発テーマとして捉えるべき課題であることを示しています。

毛穴ケアの重要性は、日本に限ったものではありません。中国でも、18〜59歳女性の約半数が毛穴の目立ちを悩みとして挙げており、アジアのビューティ市場全体で、ブランドが毛穴ケアを捉え直す余地が広がっていることを示しています。
一方で、この課題は容易に解決できるものではありません。角栓は約70%がタンパク質、約30%が脂質で構成されており、通常の洗顔では十分に除去しづらいという特性を持っています。
そのため日本市場では、炭やクレイなどによる吸着、pH設計による分解、角栓をゆるめる処方など、多様なアプローチが展開されています。それでも毛穴・角栓は多くの消費者にとって解決しきれていない悩みであり、この領域にはなお大きなイノベーション余地が残されています。
MMIが評価した視点:課題設定と解決アプローチ
こうした未解決性こそが、本製品がMMIで評価された前提にあります。単に「毛穴ケア製品」として新しいのではなく、長年残されてきた複雑な課題をどのように定義し、どのような方法で解決しようとしたのかが、今回の評価の中心になっています。
MMIは、単なる新奇性や機能訴求だけでなく、消費者課題の定義と、それに対する解決手法の妥当性を重視して評価を行います。
今回の受賞商品について、審査員は次のようにコメントしています。
「化粧品領域で高度なテクノロジーを実装できている点は非常に印象的です。消費者課題を適切なレベルで定義し、処方設計の課題解決に量子コンピューターを用いた点に強く惹かれました。これは単なる製品イノベーションにとどまらず、イノベーションの“仕組み”そのものを変える取り組みです。本商品は、イノベーションのプロセス自体に焦点を当てることで競争優位を築いており、そのアプローチは明確に成果を上げています。」
— Angelia Teo, Founder Futura Foresight Studio and Genue


この評価から読み取れるのは、毛穴・角栓という複雑な課題に対して、処方設計の段階から新しい解決手法を組み込んだ点が高く評価されたということです。つまり本製品の価値は、既存の毛穴ケアカテゴリーの中で機能を追加したことではなく、課題への向き合い方そのものを再設計した点にあります。
毛穴ケアが難しい理由:洗浄力と肌へのやさしさの両立
毛穴・角栓問題の難しさは、汚れを取り除くだけでは十分に対応しきれない点にあります。角栓の状態や毛穴の目立ち方は肌質や年齢によっても異なるため、画一的なケアでは効果を実感しにくいケースも少なくありません。
また、消費者には「しっかり落としたい」というニーズがある一方で、「乾燥したくない」「刺激を避けたい」といった相反する要求も存在します。実際、日本女性の48%が「肌が乾燥しない洗顔料」を求めている一方で(リンクはミンテルのお客様限定アクセス)、洗浄不足は毛穴目立ちの一因にもなり得ます。このように、毛穴ケアは 「落とす力」と「肌へのやさしさ」を同時に満たす必要がある領域であり、対応が難しい課題となっています。
受賞商品の開発の裏側
では、「AQ 毛穴美容液オイル」は、このように複雑な毛穴・角栓の課題にどのように向き合ったのでしょうか。MMI 2026のトロフィー授与式では、本製品の開発を担ったコーセーの吉川氏と帯金氏から、開発の背景にある考え方についてお話を伺いました。
吉川氏は処方設計の現場で培った知見を持つ研究者であり、帯金氏はデータサイエンティストとして本プロジェクトに参画しています。異なる専門性の融合は、従来の処方開発の枠を超えて、毛穴・角栓という複雑な課題に新たな解決アプローチを導くうえで重要な要素となりました。

吉川氏は、今回の開発において特に重視した点として、次のように語ります。

また、帯金氏は、デジタル技術の活用における考え方について、こう指摘します。
「人が担う部分と、テクノロジーが担う部分の棲み分けが非常に重要です。」
これらのコメントは、量子計算を導入すること自体ではなく、テクノロジーが探索した可能性を人が評価し、肌実感や実際の処方として成立する形へ落とし込むプロセス設計に価値があることを示しています。
このように、本事例は “技術による探索”と“人による意思決定”の共存によって成立している点が特徴といえるでしょう。
市場トレンドとの接点:毛穴ケアは次の段階へ
本製品のアプローチは、日本のスキンケア市場における毛穴ケアの進化とも重なります。近年は、単に洗浄力を高めるだけでなく、角栓の構成や年齢による毛穴構造の変化を踏まえた処方設計、肌状態に応じたケア、洗浄と保湿のバランスが重視されつつあります。
薬機法上の制約から「毛穴を縮める」といった直接的な表現が難しい中で、科学的根拠に基づいたコミュニケーションと、成分・剤型の工夫にとどまらない処方設計は、ブランドの提案価値を高めるうえでますます重要になると考えられます。
MMIが果たす役割:市場を読み解くための視点
今回トロフィーの授与を行ったミンテルジャパン カントリーマネジャーの藤田大輔は、MMIの意義について、「MMIは単なる“優れた商品”を表彰するものではなく、消費者ニーズの変化や市場の進化を象徴する事例を通じて、次にどのようなイノベーションが求められるのかを示すものです」と述べています。
今回の「AQ 毛穴美容液オイル」の事例は、単なる機能革新ではなく、企業が未解決課題をどのように捉え直し、技術と人の判断を組み合わせて解決へ近づけるのかを示す点で、示唆に富むものといえるでしょう。
次の一手を考えるために
今回の事例は、毛穴・角栓という長年の課題に対して、課題設定、解決アプローチ、技術活用のあり方がどのように進化しているのかを示しています。では、世界では他にどのようなイノベーションが生まれているのでしょうか。そしてそれらは、日本を含むアジア市場にどのような示唆をもたらすのでしょうか。
MMI 2026の受賞事例集では、こうした視点から選ばれた世界各国の革新的な商品を通じて、消費者ニーズの変化、カテゴリーの進化方向、製品開発・ブランド戦略への具体的な示唆を体系的に把握することができます。
目の前の課題を解決するだけでなく、次の市場機会を捉えるためのヒントとして、ぜひご活用ください。