この記事は9分で読めます

デジタル製品パスポート(DPP)に関する新たなEUのサステナビリティ関連法の導入が進む中、ファッション小売メーカーにとって、消費者の視点を理解し、優先することは極めて重要になっています。

デジタル製品パスポート(DPP)とは?

2024年7月、欧州ではサステナブルな製品のためのエコデザイン規制(ESPR)が施行され、デジタル製品パスポート(DPP)の導入が義務付けられました。 デジタル製品パスポートとは、 基本的には、製品のライフサイクルに関する重要な情報を含むデジタル記録です。2027年までに、EU市場で販売されるすべてのファッションアイテムには、製品の構成素材、製造過程、サプライチェーン、環境への影響、使用済み製品の廃棄・リサイクル情報などを詳細に記載したデジタル製品パスポートの発行が義務付けられます。

衣類、履物、繊維製品は、導入の第一弾として対象となり、家具、マットレス、洗剤、化粧品などの製品は、リサイクルの可能性を考慮して、その後導入される予定です。

しかし、長引くコスト節約によるプレッシャーから、消費者の関心は価格へと移行しており、サステナビリティは、消費者がファッションアイテムを購入する際に最優先する要素ではありません。この変化の一環として、消費者は、質の高いアイテムの購入数を減らしたり、ファッションアイテムを再販して循環型ファッションのトレンドに貢献したりするなど、購買行動により意識的になっています。環境への懸念がこれらの行動の主な要因となっているわけではありませんが、この状況は、デジタル製品パスポートの導入を成功させるための基礎を作っているといえるでしょう。

デジタル製品パスポートの設計において考慮すべき重要な点

耐久性は環境負荷の2倍重要

ファッション業界向けのデジタル製品パスポートには、多数のデータポイントを含める必要があります。EUのデジタル製品パスポートでは、製造プロセスや環境負荷に加えて、耐久性スコアと循環サービスへのリンクも必要となります。効果的なデジタル製品パスポートを設計するには、小売メーカーが消費者を圧倒することなく包括的な情報を提供するという、微妙なバランスが求められます。

ミンテルの最近の調査では、消費者に衣類のラベル上の情報を読んでもらい、その情報が購入決定に影響するかどうかを聞き取りました。

その結果、イギリス人は衣類が環境に与える影響よりも、その耐久性やお手入れの方法について関心を持つ可能性が2倍以上高いことが分かりました。

この分野で活躍する大手テクノロジー企業のFabacusは、Tescoをはじめとするイギリスの主要なアパレル小売メーカーと共同でデジタル製品パスポートに取り組んでいます。同社は、衣類の色落ちや縮みに関する詳細情報を、食品のラベル表示のトラフィック・ライト・システム(信号機にならった色分け表示)を模した鮮やかな色の耐久性ゲージで表示しています。

企業のソリューション発見に役立つ、デジタル製品パスポートの試験運用

現状では、まずは社内向けにデジタル製品パスポートの試験運用を開始するファッションブランドが増えています。本格展開する前にさまざまなシナリオをテストすることができるという点で、この積極的なアプローチは、2025年末のEUによるデジタル製品パスポートに関する最終的な法的基準の発表を待つよりも望ましいと言えます。

出典:Fabacus

デニムコレクションでデジタル製品パスポートを試験的に導入した初期導入企業の1つであるレディースアパレルブランドのNobody’s Childは、QRコードをスキャンした顧客に、ショッピングで使えるギフト券などのギフトを提供することで、顧客のエンゲージメントを高めました。

Nobody’s Childはデジタル製品パスポートの初期導入企業であり、ギフト券を提供することで、ユーザーにデジタル製品パスポートを利用するインセンティブを与えました。
出典:Nobody’s Child

小売メーカーは、顧客がQRコードをスキャンしてパスポートへアクセスするよう促すインセンティブを提供する必要があります。割引や特別イベントへの招待は、QRコードへのアクセスが購入に当たっての価値を付加できることを示し、デジタル製品パスポートの現実世界での活用例を示す1つの方法となりえます。

「デジタル製品パスポートの真価は、その商業的な側面にあります。」と、Fabacusのサステナビリティおよびコンプライアンス担当VPを務めるジェイミー・ベックは語ります。同氏は、デジタル製品パスポートのQRコードに小売メーカーのロイヤリティプログラムを組み込み、複数のオプションとリンクさせる方法に言及しています。例えば、 顧客に製品やショッピング体験のレビューを依頼し、それに応じた割引やプロモーション、あるいはサステナブルな週末旅行などのギフトを提供するというやり方も可能です。これは、顧客がQRコードをスキャンするインセンティブとなるだけでなく、将来的には、自分に合うサイズの在庫がない場合に予約注文をしたり、類似商品の価格を比較したりすることにも使用できます。

デジタル製品パスポートの導入は、世界的にバーコードが廃止され、QRコードに置き換わる時期と重なるため、消費者が商品と関わる方法を変える可能性を秘めています。

デジタル製品パスポートが消費者にもらたす価値

ファッションアイテムの寿命を延ばす

女性が衣料品のラベル情報を確認する際、購入の決め手となるのは、そのアイテムのお手入れ方法に関する情報です。これは、デジタル製品パスポートが購入者に付加価値を提供する重要な鍵となります。

小売メーカーは、顧客層に合わせてパーソナライズしたデジタル製品パスポートを公開表示することを選択できるため、衣類を長持ちさせるための洗濯や手入れの方法に関する詳細な情報は、レディースウェアブランドにとって重要な要素となります。この情報は、スイングタグやソーシャルメディアキャンペーンでも表示できます。

女性は男性よりも、節約のために家庭でのエネルギー使用量を減らそうとする傾向が強い(クライアントのみアクセス可能)ことを踏まえると、エネルギーや水の使用量を最小限に抑えながら衣類をケアする方法についてのヒントを提供することは、ブランドロイヤリティの向上につながると考えられます。

また、ケアキットや一部の製品に対する無料のサイズ直しサービスを提供することで、デジタル製品パスポートへ購入者のエンゲージメントを促すこともできます。

製品のライフサイクル全体を収益化する

特にZ世代と呼ばれる若い消費者層は、平均的な消費者と比較して、アイテムが不要になった際の情報をラベルに記載した衣類の購入に、はるかに高い関心を示しています。

Z世代の増加に伴い、循環型ファッションのトレンドに拍車がかかっており、着なくなった服を売る人や、意識的に中古品の売れ行きが良いブランドのアイテムを購入する人が増えています。

デジタル製品パスポートには、耐用年数経過後のオプションの詳細を記載する必要があるため、ブランドはこれを活用して若い世代の消費者を引き付け、再販プロセスを合理化することができます。

さらに、デジタル製品パスポートは企業が顧客とのつながりを維持し、修理などの循環型のアフターサービスを提供することも可能にします。これにより、製品ライフサイクル全体を収益化するチャンスが開かれ、同時にアップサイクルやパーソナライゼーションサービスを通じて人々がファッションアイテムに抱く感情的なつながりを強めることができます。ノルウェーのアウトドアウェアブランド Bergans は、Trimco社とのデジタル製品パスポートの試験導入に際して、ユニークなアプローチを取り、QRコード経由で顧客がシームレスにお直しやレンタルができる循環型サービスに焦点を当てています。

 Bergans of Norway は、デジタル製品パスポートを試験的に導入し、不要になったアイテムに適用されるサービスをQRコードに組み込んでいます。

偽造品が横行する時代に、真正性の保証につながるデジタル製品パスポート

高所得世帯の人々は、購買の意思決定を行う際に、環境や社会への影響をより重視する傾向があります。また、透明性を重視しているため、ラベルに製造地の情報が記載されている衣類には、より高い購入意欲を示す傾向も見られます。

偽造品が増加する中、デジタル製品パスポートは消費者が製品が本物であるかどうかを簡単に確認することを可能にします。ラベルをスキャンするだけで、消費者は製造プロセスに関する詳細情報にアクセスでき、これによってブランドに対する信頼が構築されます。アフターサービスや中古として販売しやすいという点から、製品がデジタルIDを持つことによる付加価値は、消費者に偽造品購入を思いとどまらせる可能性があります。

例えば、イギリスのシューズブランドLoakeは、2024年8月に自社ブランドの特徴であるクラフトマンシップのアピールに活用しようと、デジタル製品パスポートの全製品への導入を決定しました。

模倣品が横行する中、Loakeはデジタル製品パスポートを使用して、自社製品ならではのクラフトマンシップをアピールしました。

ファッション業界における透明性向上に重点的に取り組むことで、イギリス製製品への関心を高め、消費者の購買行動全体を通じてその認知度を向上させることができます。

新規分野におけるデジタル製品パスポートの採用

家具の真正性証明を強化するデジタル製品パスポート

対極的な価格帯を設定している2つの家具小売メーカー、DFSLigne Rosetは、テキスタイルへの導入に先駆けてデジタル製品パスポートの試験運用を行っています。これは、さまざまな分野でデジタル製品パスポートの重要性が高まっている兆候を示す動きです。

DFS社は2025年2月にパイロット版を開始しており、その結果は、デジタル製品パスポートを家具業界向けにカスタマイズする方法を示す青写真となることが予想されます。一方、高級家具ブランドのLigne Roset社は、同社の製品であるTogo Loveseatに独自の製品識別子を付け、モバイルアプリでの検証を可能にすることで、真正性を強化することを目指しています。これもまた、偽造品の増加に対抗する動きです。

美容業界への影響

デジタル製品パスポートは美容業界にも影響を与えることが予想されます。ミンテルの最新の見解では、化粧品はデジタル製品パスポート順守が義務付けられるであろう業界の7番目に位置づけられており、当社のコンサルティング部門のシニアビューティー専門家であるヴィヴィアン・ラッドは、美容業界は早ければ2027年、遅くとも2030年までに準備を整える必要があると述べています。

ラッド氏は、デジタル製品パスポートはサステナブルな美容に対する信頼構築に貢献すると述べていますが、その情報は明確で、簡単にアクセスできることが不可欠です。実際、サステナブルな美容製品とは何かをよく理解していると答えたイギリスの美容消費者はわずか15%で、49%は美容製品を選ぶ際にサステナビリティよりも利便性を優先しています。

すでに、模範的なレベルの透明性を提供している美容ブランドはいくつかありますが、購入後のデジタル製品パスポートを消費者に提供しているブランドはUléただ1社です。デジタル製品パスポートの導入は、比較的短い期間で、多くの作業が求められるのです。

ミンテルとともに未来を見据える

  • 購入意思とブランドロイヤリティを促進するデジタル製品パスポートの要素に関する消費者調査
  • 競合他社が透明性をどのように活用し、伝達しているかを監視する競合他社情報
  • 今後の効果的な訴求や表現を特定する予測分析

といったミンテルがご提供できるサポートの詳細については、ミンテルコンサルティングまでお問い合わせください。

タマラ・センダー
タマラ・センダー

タマラは、ファッション小売市場の調査と分析に15年以上携わっており、クリエイティブな思考と執筆を得意とするエキスパート。 サステナビリティに強い関心を持ち、ファッションの分野がサステナビリティをイノベーティブな変化の機会として活用する方法に興味を持っている。

ヴィヴィアン・ラッド
ヴィヴィアン・ラッド

ヴィヴィアンは、世界的なビューティー業界の専門家コメンテーターとして25年の経験を持ち、進化し続けるビューティー市場を深く理解している。 グローバルおよびローカルにおけるフォーミュレーション、成分、マーケティング、小売りのトレンド予測、新規コンセプトの開発、ポートフォリオ管理、戦略的ワークショップ、国際的な小売店視察などを専門とするエキスパート。

ミンテルの最新レポート・カタログをダウンロード