インフレは、消費者と企業の双方に優先順位の見直しを迫っています。消費者にとっては、不要な支出を減らしたり、価格帯の低いものに変更したり、よりお得な選択肢を探すといった行動が一般的でしょう。一方小売企業にとっては、競争が激化する中で顧客を維持し、売上を伸ばし、ロイヤルティを維持するための革新的な方法を見つけることを意味します。
ここで注目すべきは、経済的不確実性の中で再構築されている強力なツール、「小売におけるロイヤルティプログラムです」。
今日のロイヤルティプログラムは、割引やポイントといったお決まりの特典に加え、消費者のエンゲージメント、感情的なつながり、長期的な維持を促進する複雑な仕組みへと進化しています。
本記事では、小売企業がインフレの時代に価値を提供するために、ロイヤルティプログラムをどのように活用しているかを考察します。消費者インサイトから実際の活用例まで、このトレンドがなぜ注目を集めているのか、そしてブランドがこの取り組みを通じてどのように消費者との関係を強化しているのかを明らかにします。
主要地域におけるロイヤルティプログラム
ロイヤルティプログラムは世界中で大きな人気を集めており、イギリス、アメリカ、アイルランド、ドイツなどで特に発展しています。これらの各地域は、多用な消費者の嗜好や経済状況を反映した、独自のトレンドや導入パターンを取り入れています。イギリスでは、80%の消費者が少なくとも1つのロイヤルティプログラムに積極的に参加しており、ロイヤルティプログラムの参加率が急上昇しています。この分野では小売および食料品セクターが優勢で、Tesco ClubcardやSainsbury’s Nectarなどのブランドが先導しています。主だったプログラムの多くが会員価格制を導入しており、すぐに得られる利点への需要に応えています。
アメリカでも同様の傾向が見られ、消費者の8割以上が、ロイヤルティプログラムによって顧客として大切に扱われていると感じています。Walmart+やAmazon Primeといった主要プレーヤーは、節約・利便性・柔軟性を重視する顧客中心の設計で業界の基準を築いており、小売企業間の競争を促進しています。
アイルランドのロイヤルティプログラム市場は、規模は小さいものの、隣国であるイギリスで見られるトレンドを反映しています。Amazon PrimeやASOS Premierといったプレミアム会員モデルが支持を集めており、金銭的なインセンティブを提供することで、オンラインでの購入を促進し、消費者間のコミュニティ意識の醸成にも貢献しています。
ドイツでは、ロイヤルティプログラムや有料サブスクリプションが、すぐに得られる特典や利益を求めるミレニアル世代から特に支持されています。エシカルでサステナブルな購買価値観といった、若い消費者の関心に沿ったロイヤルティ特典や、ゲーム要素を取り入れるといった動きが見られます。
こうした地域的な特性を理解することで、企業は現地の消費者の期待に沿った戦略を立て、効果的なエンゲージメントと長期的なロイヤルティを促進することができます。
小売ロイヤルティプログラムの種類
ロイヤルティプログラムにはさまざまな形式があり、それぞれが消費者に特定のインセンティブを提供しつつ、小売企業のビジネス目標とも整合するよう設計されています。主なタイプは以下の通りです:
- ポイント制プログラム
顧客は購入ごとにポイントを獲得し、それを割引やリワードと引き換えることができます。Tesco Clubcard はこの一例で、会員は貯めたポイントをバウチャーに交換でき、すぐに得られるメリットと長期的なメリットの両方を得られます。
- ランク制プログラム
会員は購入金額が増えるにつれてより多くの特典を受け取ることができるため、目標を持った参加が促されます。Sephora のプログラム、 Beauty Insider はこの方式を活用しており、3つのランクを用意することで、限定の美容イベントや無料配送といった特典を段階的に提供しています。
- 有料会員制プログラム
消費者は、無料配送や会員限定価格といったプレミアム特典と引き換えに、サブスクリプション料金を支払います。Walmart+ は、この仕組みを利用して、月額料金を支払うことで送料無料、ガソリンの割引、Paramount+ストリーミングへのアクセスといった特典を提供しています。
- 価値重視型プログラム
この形式のプログラムでは、ポイントを社会貢献活動に寄付したり、サステナブルな製品の割引が受けられるなど、顧客の価値観に合わせたリワードの獲得に焦点を当てています。フランスの小売企業 Decathlon では、ユーザーがアプリを通じて屋外活動に参加し、活動ルートを共有することでポイントを獲得できる仕組みを採用しています。
企業と消費者の双方へのメリット
小売企業が直面するロイヤルティプログラムの課題
ロイヤルティプログラムは、企業が顧客との関係を深め、リピート購入を促進する大きな可能性を秘めています。しかし、プログラムの成功のためには、対処しなければならない大きな課題も存在します。これらの課題を理解し、ミンテルの実用的なインサイトを活用することで、小売企業は他社と差別化でき、長期的な価値を付与したロイヤルティプログラムを設計し、提供することができます。
類似プログラムの乱立による飽和
現在、多くの小売企業が採用しているロイヤルティプログラムはどれも似通っており、プログラムの違いが区別しにくい傾向にあります。プログラムの乱立により、イギリスの消費者の45%が、ロイヤルティプログラムの特典はどれも同じように見えると感じています。競争の激しい環境で際立つために、小売企業には革新が不可欠です。
ここで企業にとっての鍵となるのは、顧客に合わせてパーソナライズすることです。顧客データを活用して付加価値を提供するようプログラムを進化させたり、消費者のコミットメントを高め、より強力なロイヤルティを育むことができる有料の会員オプションを検討することは、差別化のために取れる重要な手段です。
複雑さによる混乱
ロイヤルティプログラムがランク制、チャレンジ型、ゲーム要素などの機能を持つものに進化するにつれ、複雑になりすぎるというリスクが高まります。イギリスの消費者の3分の1が、これらのプログラムは分かりにくいと感じており、参加意欲の低下や、価値の低下につながる要因になっています。プログラムの仕組みを簡素化しつつ、パーソナライズされた部分も維持することが重要です。リワードの獲得やポイントの使い方を明確に伝える使いやすいシステム作りが求められます。即時適用される割引や透明性の高いポイント制度などの合理化されたプロセスによって、プログラムを直感的で魅力的なものにできるでしょう。
価格つり上げに対する疑念
会員価格制が広く普及したことにより、その独自性は薄れ、顧客が「本当にお得なのか」に疑問を抱く危険性があります。さらに懸念されるのは、プログラム会員の半数が、非会員向け価格は、会員割引を魅力的に見せるために意図的に高く設定されていると感じている点です。この認識は、プログラムの信頼性を低下させる可能性があります。この問題に対処するために、企業は透明性のある価格戦略を採用する必要があります。価格設定や割引の内容について正直かつ明確に伝えることで、消費者の安心感と信頼を育むことができます。
データセキュリティ上の懸念
ロイヤルティプログラムは顧客データの収集に大きく依存しているため、プライバシーに対する懸念が生じています。ミンテルの調査によると、イギリスのロイヤルティプログラム会員の半数以上が、個人情報の使われ方に不安を感じています。こうした懸念は、プログラムへの積極的な参加を妨げる可能性があります。
この懸念に対処するためには、堅牢なデータ保護対策の実施と、データ使用に関する透明性の高いポリシーの維持が必要です。データの収集、保管、使用方法について明確に説明することが、信頼の構築と参加促進につながります。さらに、オプトアウトや設定変更といった利用者側のデータ管理オプションを提供することで、より一層の安心感を与えることができます。
ロイヤルティプログラムの未来を形作るイノベーション
一歩先を行くために、小売企業は新規顧客を取り込み、リピーターに価値を提供する革新的な方法を模索しています。
- ゲーム要素の導入
ゲーム要素は、ロイヤルティプログラムにエンターテイメントとエンゲージメントを追加し、プログラムに変革をもたらしています。たとえば、Tesco の AIを搭載したClubcard Challengesや、Selfridges によるSelfridges Unlockedは、ゲーム要素を取り入れて、頻繁なインタラクションを促し、ロイヤルティが高い顧客の行動に対してリワードを与えています。Selfridges Unlocked では、デジタルキーを集めるというゲーム性のある仕組みを導入しており、買い物や飲食などを通じてポイントを獲得し、送料無料や限定商品の先行販売といった特典を開放(アンロック)することができます。
定期的なチャレンジやダイナミックなリワードを設定することで、ゲーム要素は消費者のエンゲージメントと継続的な参加を促進し、消費者がすぐに離脱してしまう、インスタントグラティフィケーション文化(簡単に手に入れられるお手軽な満足を求める文化)の欠点への対策にもなっています。
- パーソナライゼーション
効果的なロイヤルティプログラムは、個人の好みやニーズに合わせてパーソナライズされたリワードや体験を提供することで、消費者を惹きつけます。それぞれの消費者の好みやニーズに合わせるカスタマイズは、消費者の関心とロイヤルティを維持するのに役立ちます。消費者の約80%は、パーソナライゼーションがロイヤルティやリワードシステムにおいて重要な要素であると考えており、個別の好みや購買習慣に本当の意味で対応するプログラムへの需要が高まっていることを表しています。パーソナライゼーションによって、プログラムの価値と妥当性を高めることができ、割引のような一般的な方法に比べて、会員の共感を得られるオーダーメイドのリワードと体験を提供します。
ロイヤルティプログラムにおけるパーソナライゼーションへの需要は、年齢層に関わらず一貫しており、よりパーソナルな関係を求める普遍的なニーズを反映しています。小売企業は、AIやデータ分析を活用してこの期待に応えようとしており、ロイヤルティプログラムを単なる割引提供から、個人に寄り添ったパーソナルなショッピングパートナーへと進化させることを目指しています。ただし、このレベルのパーソナライゼーションの実現には、特にデータセキュリティと透明性において、消費者との信頼関係を築くことが必要です。
- 特別感を伴う行動報酬
H&M Club や Kith のロイヤルティプログラムは、ランク制がロイヤルティ戦略の中核的な機能になりつつあることを示しています。Kith のプログラムは3つのランクに分かれており、消費者はポイントの蓄積に応じてランクを上げていきます。購入だけでなくチャレンジの達成や店舗への来店、イベントへの参加などでもポイントを獲得することができます。
このような制度は、購入頻度を高めるだけでなく、消費者に望ましい行動を促す上でも有効です。たとえば、店舗での返品や自社ブランド製品の購入といった行動に対して、高いポイントや上位ランクへのアクセスを提供することで、小売企業の戦略に沿った行動を顧客に浸透させるだけでなく、顧客側も「評価されている」「報われている」と感じることができるのです。
- サステナビリティに対するリワード
エコフレンドリーな行動に対するリワードを提供するロイヤルティプログラムが増加しています。Decathlon は、スポーツとサステナビリティに対する消費者の情熱に寄り添い、単なる割引にとどまらない多面的なロイヤルティプログラムを構築しています。同社の提供するDecat’Clubでは、スポーツとサステナビリティの両方を促進する活動に参加することで顧客に積極的にリワードを与えます。この革新的なアプローチは、Decathlonがコミュニティの健康的な生活と環境への責任へのコミットメントを理解していることを示しており、ロイヤルティプログラムを顧客の価値観を真に反映したものにし、エンゲージメントの強力な推進力となっています。
- キャッシュバックの提供
JD Sports は、主要な顧客層である若い消費者に対するロイヤルティとリピート購入を促進するため、Statusというアプリを通じて、購入に対してJD cashという形でのキャッシュバックを提供しています。このアプリでは、初回購入時に10%、以降の購入には1%のJD cashをキャッシュバックし、それをJD Sportsでの購入に利用できます。このキャッシュバックインセンティブは、ロイヤルティ向上や再来店促進だけでなく、店舗でのエンゲージメントも強化します。
インフレ下の価値提供をミンテルとともに
小売業におけるロイヤルティプログラムは、単なるポイントシステムを超えて進化を遂げ、顧客維持率を改善し、消費を増やし、ブランドとの感情的なつながりを促進する戦略的資産となっています。
しかし、インフレが家計に圧力をかけ続ける中、ロイヤルティプログラムの成功基準はかつてないほど高くなっています。このような環境で成功している小売企業は、プロセスを簡素化し、意味のあるリワードを提供し、テクノロジーを活用して大規模なパーソナライゼーションを実現しています。
貴社のロイヤルティプログラムは、これらの課題に対応できているでしょうか?ミンテルストアでは、小売市場に関する調査の全容をご覧いただけます。また、無料の ミンテル Spotlight にご登録いただくと、業界の専門家による新たなインサイトやイノベーションに関する提言を掲載した記事を定期的にご覧いただけます。