トランプ政権は消費財ブランドにとって何を意味するのか

トランプ政権は消費財ブランドにとって何を意味するのか

Published: 2025年1月7日
この記事は12分で読めます

2024年のアメリカ大統領選挙の結果は、さまざまな業種の企業に幅広い影響を及ぼすと予想されています。消費財ブランドも例外ではありません。政策、経済の優先事項、規制状況などの変化を受け、消費財ブランドは、消費者の消費パターンからサプライチェーンの安定性に至るまで、さまざまな側面に影響を与える市場の変化を乗り越えていかなければなりません。2025年1月20日の大統領就任式が近づく中、こうした潜在的な変化を把握し、ビジネスの戦略を適応させていくことは、新しい政権を前にして競争力と回復力を維持していきたい消費財ブランドにとっては極めて重要です。

この記事では、さまざまなカテゴリーのミンテルのエキスパートが、選挙結果によって消費財ブランドが直面するであろう主な影響と、その備えとして何ができるかについての考察をお届けします。

カルチャー&アイデンティティ アソシエイトディレクター Lisa Dubina

10月下旬、アメリカの人々が投票に向かう中、アメリカの消費者の61%は選挙ニュースや政治討論にうんざりしていると回答していました。一方、消費者感情にこうした傾向が見られるものの、アメリカの人口統計が一様ではないことには留意が必要でしょう。選挙後の消費者感情は、世代や支持政党によっても異なります。選挙の一般投票の結果をみると、現在アメリカの一部の人々は、選挙の結果を喜び、新しい政権がもたらす変化を楽しみにしていることは明らかです。マス市場へのアピールを狙うブランドは、このポジティブな気運を足掛かりに、団結と連帯感のメッセージを訴えていくことができます。変化や新しいスタートを受け入れる、という前向きなメッセージを活用することで、市場の幅広い層を取り込んでいくことができるでしょう。

一方で、異なる消費者層に売り込んでいくブランドは、より細やかなアプローチを探る必要があります。例えば、新政権のもとで多様な文化的背景をもつ女性に向けてマーケティングを行うには、よりそれに合わせたメッセージが必要でしょう。出口調査によると、黒人女性はカマラ・ハリス副大統領に圧倒的な支持を示していたことが分かっており、今回の選挙結果は黒人女性消費者にとって感情的に大きな重みとなっていることが考えられます。多様な文化的背景をもつ黒人女性が大統領選後も前を向いて生活していく中で、こうした消費者層と関わっていくブランドは、セルフケアに注目し、感情的なウェルビーイングをサポートし、最終的に彼女らが引き続き希望やエンパワーメントを感じることができるようなメッセージを検討していく必要があります。このようなメッセージは、選挙結果に対するこうした層特有の捉え方を無視したメッセージよりも、黒人女性消費者に響く可能性が高いでしょう。

メディアは選挙においてどのような役割を果たしたのか?

2024年の選挙では、国の政治情勢におけるSNSの影響力が確固たるものになりました。Z世代とミレニアル世代の半数以上は、選挙のニュースや報道を追うために1種類以上のSNSプラットフォームを使用していました。また、SNSによって影響力のあるバーチャルなエコーチェンバー現象(自分と似た価値観や考え方のユーザーをフォローすることで、同じようなニュースや情報ばかりが流通する閉じた情報環境)が拡大し、それがユーザーの政治的見解や意見にも影響を与えています。

2024年の選挙の情報収集においてXFacebookInstagramTikTokのいずれか、または複数を利用していた消費者は、全体と比較して異なる意見を持っています。こうした消費者は「国民はそれほど分断されていない」と考える傾向が強く、このことからも、SNSの情報が、ユーザーがすでに「いいね」したりフォローしたりしている意見や価値観をいかに反響したものであるかが浮き彫りとなっています。

SNSが国の政治文化やニュース消費に深く根づいていくにしたがって、従来のニュースメディアには、消費者の信頼を獲得し、SNSプラットフォームの偏ったアルゴリズムの中でも耳を傾けてもらえるような新しい戦略の策定が必要になってくるでしょう。

トランプ新政権は、ビューティ&パーソナルケア、金融サービス、食品・飲料業界にとって何を意味するのでしょうか?ミンテルのエキスパートは次のように予測しています。

ビューティ&パーソナルケア

ビューティ&パーソナルケアおよび家庭用品 シニアディレクター Sarah Jindal

近年の政治的変遷により、ビューティ&パーソナルケア(BPC)業界は困難と商機をはらむ複雑な状況に直面していくと予測されます。関税が増加すると、必然的にブランドは商品のコスト上昇に直面することとなり、その負担は消費者へと転嫁されます。これにより、市場のダイナミクスが大きく変化し、特に中低所得層には影響があると予想されます。

関税の影響は、原料からパッケージ、最終製品に至るまでサプライチェーン全体に広がっていくでしょう。これにより、ブランドは処方の見直し、国内での原料調達先の確保、在庫管理の合理化、流通の再評価などを余儀なくされ、イノベーションのスピードにも影響が現れると予測されます。

アメリカ市場では、韓国コスメが最近、特に日焼け止めカテゴリーで再び上昇軌道に乗っています。こうした製品がひとたび多くの人にとって手に取りやすいものになれば、今後こうした製品は主に金銭的余裕のある消費者に向けたラクジュアリー市場へと変化していく可能性があります。

経済面で見込まれる影響は深刻です。選挙を終えて経済的な不安が高まる中、消費者は必須でない美容製品への支出よりも、生活必需品への支出を優先すると予想されます。こうした変化は高級品カテゴリーにおける下降トレンドへとつながり、プレステージブランドは価格戦略を見直すとともに、手頃な価格の製品を提案する方法を探る必要に迫られるでしょう。また、ファッションなどの他の消費財カテゴリーでは価格が高騰する一方、美容は「手頃な価格のラクジュアリー」として注目されるようになるかもしれません。

医療に関する法律、特にアメリカの医療保険制度改革法をはじめとする法改正は、消費者の行動にさらなる影響を与える可能性があります。保険への加入がより難しくなる中、手頃な価格のOTC医薬品への需要は増大していくでしょう。こうした動きから、OTCブランドは、安全性と有効性に対する消費者の期待に応えつつ、イノベーションに取り組んでいかなければならないことが明確に示唆されています。

同時に、「アメリカ製」を強調するマーケティングの復活は、地域に根ざした製造・調達を目指すよりも大きな動きを反映しています。しかし、ブランドがサプライチェーンにおける制約やコスト増大に直面する現状では、こうした変化によってイノベーションが停滞してしまう可能性もあります。

今後、アメリカ食品医薬品局(FDA)の規制が緩和されると、製品の安全性に影響が及ぶおそれがあります。製品への監視の目が弱まると製品リコールのリスクが高まり、消費者の信頼を損ねます。これはOTC医薬品の訴求やラベル表示(「抗ニキビ」など)にも影響を与える可能性があります。裏付けのない大胆な訴求が急増することで、消費者の不信感は募っていくでしょう

ブランドは何をすべきか?

ブランドは、経済面で消費者に寄り添うアプローチを探っていく上で、包括性や社会問題にフォーカスしたメッセージから一旦身を引くことで、マーケティング戦略を見直す必要があるでしょう。突き詰めると、BPC業界は経済的、政治的、社会的要因が交差する重要な局面を迎えています。柔軟性を維持し、消費者のニーズを素早くとらえ、革新的であり続けるブランドは、絶え間なく変化する市場においてもピンチをチャンスに変えながら成長することができるでしょう。

金融サービス

インサイト最高責任者 Andrew Davidson

大統領選以降、アメリカの消費者は自分の確定拠出年金(401K)を確認しているのでしょうか?確定拠出年金に加入しているアメリカの消費者の60%は、選挙後の残高を見て笑顔を浮かべているかもしれません。ドナルド・トランプの当選を受け、「トランプ・トレード」として知られるトランプによる減税と規制緩和の公約が経済成長を促進する、と投資家が見込んだことで、株式市場は高値を更新しました。同様に、暗号通貨を所有する40%のアメリカの消費者も同じく喜んでいることでしょう。ビットコインは、アメリカを「世界の暗号通貨の首都」にするというトランプの選挙運動により、前例のない水準にまで達しています。

反対に、株式市場へ投資していない、または暗号通貨を所有していない多くのアメリカ消費者は、こうした利益を享受できていません。消費者の負債は過去最高水準に達しており、多くの人々は長引くインフレによる家計負担を引き続き感じています。これは、トランプの大統領選における初勝利後にみられた国の分断や国民感情を思い起こさせます。いくつかの側面は前進したものの、基本的な課題は依然として残っています。

金融サービス業界では、トランプが金融規制を緩和するだろうという用心深くも楽観的な見方があります。金融規制は同業界にとって課題となっていました。アメリカ最大のクレジットカード発行会社が誕生するだろうと予想される、Capital OneによるDiscoverの買収承認は今より確実なものになっており、これは両社の株価上昇にも反映されています。しかし、先行き不安も漂っています。クレジットカード金利に10%の上限を設けるというトランプの政策案は、彼のビジネス志向のイメージとは正反対のものであり、今後の政策が予測できないものであることを示しています。

消費者、特に高齢者にとって、税政策や規制の変更に対する懸念は深刻です。誰もが抱えている疑問、それは「こうした政策・変更が自分にとって何を意味するのか?」です。これは、投資、住宅ローン、退職、学生ローンなど、金融関連の懸念であればどのようなものにでも当てはまります。先行き不安な情勢において、金融サービスブランドは、消費者の疑問を解決し、安心感を与える透明性のあるコミュニケーションを最優先に行う必要があります。消費者のニーズを重視するブランドは、将来的に信頼性と顧客ロイヤルティを築いていくことができるでしょう。

食品・飲料

ミンテル フード&ドリンク ディレクター Jenny Zegler、同Stephanie Mattucci

選挙に先立つ2024年8月のミンテルの調査によると、アメリカの消費者の55%が「2024年の選挙結果は大きなストレス要因」だと述べており、64%が「2024年の選挙後は、政治的分裂がさらに進む」と感じていることが示されました。またアメリカ心理学会による調査でも、アメリカの消費者の大多数にあたる77%が、「アメリカの未来は生活の中での大きなストレス要因」だと回答していることが報告されています。

ここ数年、大きな混乱を招くさまざまな出来事の余波によって、アメリカの消費者は支出の優先順位について見直しを迫られました。2024年10月までの2か月間では、35%の人々が外食/その他のレジャー活動を控えており、28%が贅沢品/不要不急の買い物を控えていました

マズローの欲求階層でも概説されているように、消費者は「生理的欲求」と「安全の欲求」を最優先としています。食品・飲料は、住まいや安全性と並んで人々の基本的な生理的欲求を満たすために不可欠なものであり、これが満たされるまでは、心の安らぎや帰属意識を感じることはできません。

手頃な価格で思いやりを示す

マズローの心理学理論を踏まえ、食品・飲料メーカーはすべての消費者においしく、手頃で、安全な食品・飲料を提供することで、不安を抱く消費者に偏りのない安心感を届けていくことができます。ミンテルのデータによると、アメリカの消費者の過半数が「アメリカのブランド/企業は、国に影響を与える大きな政治的事象に関与すべきでない」と考えていることが分かっています。

食品・飲料ブランドにとって重要なことは、価格を維持し、可能であれば値下げに取り組んでいくことです。インフレによって、アメリカの消費者は長期的な疲れを感じています。2024年10月までの2か月間では、アメリカの消費者の6割近くが食品・飲料の値上げの影響を受けていました。これは、アメリカの消費者の65%が「食品・飲料の値上げによる影響を受けた」と回答した2023年秋調査の結果と比べるとわずかに落ち着いています。ブランドは、この年末年始からそれ以降にかけて、消費者に寄り添いながら経済的なソリューションを提案していく必要があるでしょう。すでに、AldiTargetWalmartなどの小売業者は、感謝祭に向けたミールセットを手頃な価格で売り出し、消費者を惹きつけようと取り組んでいます。

安全性と責任にこだわる

大統領選の公約が2025年に政策化されると、マズローの欲求階層における「安全の欲求」が注目されるようになるでしょう。新政権が関税、規制緩和、移民に関する政策を明らかにするにつれ、食品の安全性と安全保障は重要な課題となっていきます。こうした変化の中、企業は、サステナビリティや社会的責任に対する継続的かつグローバルな取り組みを消費者に再度認識してもらうことで、一貫したアプローチを伝えていくことができるでしょう。

消費財ブランドにとって次に何が起こるか

主任コンサルタント BJ Pichman

消費財ブランドにとってはやや先行き不透明に感じられる現状ですが、1つだけはっきりしていることがあります。それは、選挙後の分断された社会の中でブランドを存続させていくためには、策略が必要だということです。世間の意識が変化する中でも、ブランドの価値観を安定させ、かつ一貫性のあるものに保つためには、メッセージの優先順位を慎重に検討する必要があるでしょう。幸いなことに、新型コロナの流行時に学んだ、柔軟性、共感、消費者の声に注意深く耳を傾けるといった教訓は、この不安定な時代においても非常に有益なものとなるでしょう。不意に表面化するテーマや課題をすくい上げ、刻一刻と変化する状況を切り抜けていくためには、変化に対する柔軟性と対応の機敏さが重要です。前進を続けるためには、時に微調整が必要だということを心に留めておく必要があります。市場の全体像を明確に把握することが、最良の決断を下すためには不可欠なのです。

分断につながるメッセージを避け、争いを超えた立ち位置を固持するブランドは、安定した信頼感のある存在として際立つことができるでしょう。このアプローチは、ブランドの価値観や行動規範を放棄するということではなく、人々を結びつけ、懐かしさを呼び起こし、共通の体験を喜び分かち合うというメッセージを強調するものです。家族、安らぎ、ウェルネスといった普遍的なテーマに積極的に取り組むことで、ブランドは消費者が求めている正常感と安定を届けることができます。こうしたメッセージの小さな変化によって、消費財企業はすべての消費者を導く灯台のような役割を果たすことができるでしょう。困難な時代においても、消費者がブランドのどのようなところを好み、信頼しているのかを思い出させることができるのです。

消費財ブランドには今、激動の世界において、これまで以上に平静と団結を呼びかける声となれる機会が訪れています。ブランドの核となる価値観を忠実に守りながらも世間の感情に敏感でありつづけることが、大統領選後の時代において消費者とつながり、信頼性やロイヤルティを維持していくことを目指すブランドにとっての必勝法となるでしょう。

次に何が起こるか、そしてトランプ大統領の再当選がブランドにとって何を意味するのかについて疑問をお持ちのお客様は、ミンテルコンサルティングまでお問い合わせください。弊社チームから、お客様のビジネス、マーケティング、イノベーション戦略に関する個別のご提案をお届けいたします。

関連記事
2025年1月29日
コロナ禍からの回復や、テイラー・スウィフトの「Eras Tour」、ビヨンセの「Renaissance Tour」、ハリー・スタイルズの「Love On Tour」などの著名アーティストによるツアーが、ライブ音楽やイ…
2024年12月16日
小売
記事
循環型ファッションとは? 2023年、欧州連合(EU)は、廃棄物を最小限に抑え、資源効率を最大化することで、ファッション業界を循環型へとシフトさせることを目的に「サステナブルな循環型繊維…
2024年10月22日
消費者調査
ダウンロード
2025年以降の消費者市場とイノベーション戦略を形成する3つの消費者行動トレンドを理解する。…

ミンテルの最新レポート・カタログをダウンロード