ミンテルコンサルティングでは、将来の消費者動向や、マクロ・ミクロのトレンドがブランドのイノベーション、メッセージ戦略、製品開発にどのような影響を与えるかについてよく相談を受けます。私たちは短期的な2年先だけでなく、10年後を見据えた予測を行っています。
オゼンピックをはじめとする減量薬は、食品、飲料、美容、ファッション業界において特に注目されているテーマの一つです。世界的に肥満が増加している一方で、消費者の多くは「健康的でありたい」と考えています。この2つの要素が交差することで、大きなトレンドが生まれつつあります。
背景:21世紀の主要な健康課題である肥満
肥満は、現代社会において最も深刻な健康問題の一つです。世界保健機関(WHO)のデータによると、18歳以上の43%が過体重、16%が肥満とされています。特にアメリカでは成人の43%が肥満であり世界の平均値を大きく上回っています。健康や生活の質、経済にも計り知れない影響を及ぼしています。
これまでにも肥満対策の医療的介入は数多く行われてきましたが、肥満の増加を食い止めることはできていません。しかし、GLP-1ホルモンの作用を模倣するウェゴビー®などの減量薬は、これまでで最も有望な解決策の一つとされています。
減量薬時代の始まり
こういった薬は業界やメディアから大きな注目を集めています。ミンテルのシニアコンサルタントであるヴィヴィアン・ラッドは、Cosmetics Design Europeとのインタビューで美容市場への影響について語りました。また、筆者もBBCニュースで、これらの薬が消費者向け産業に与える影響や、ミンテルのクライアントとの会話にどのように関係しているか、さらにはより広範囲の社会的影響について説明しました。以下のインタビュー動画をご覧ください。(動画言語:英語)
このBBCのインタビューでは、ミンテルがすでに考察している薬の影響力の表層に触れたにすぎません。この記事を通して、ミンテルコンサルタントのヴィヴィアン・ラッドとミンテル食品・飲料担当シニアディレクターのジョニー・フォーサイスが、消費者向け産業に関するインサイトを提供し、我々が観察した広範な変化を強調しています。オゼンピックはアメリカで厳密には糖尿病治療薬としてのみ承認されているにもかかわらず、これらの減量薬の使用に関してアメリカは世界をリードしています。ミンテルのUS Weight Management Trends Report(アメリカ:体重管理のトレンドレポート)によると、アメリカの成人のうち現在体重管理を試みている人の15%がGLP-1薬を使用しており、21%が今後使用を検討していることがわかっています。これらの薬は他の多くの市場では簡単に入手できるものではありませんが、消費者は非常に高い関心を示しています。たとえば、イギリスでは25%の成人が注射式の減量薬の使用に関心を持っています。
健康的な体重を維持するのに苦労したことのある人なら誰もが認めるように、体重を減らすよりも増やす方がずっと簡単(そして楽しい)のです。私たちの身の回りには、簡単に手に入り、手ごろで、おいしい食べ物があふれていますし、忙しい毎日を送っていると、運動をする時間や意志を持つことは困難です。GLP-1薬が人々の想像力をかきたてるのも当然に思えます。
最近のミンテルの調査では、GLP-1薬が食品・飲料業界に与える影響について調査しており(調査結果はクライアントのみアクセス可能)、その結果、肥満を「薬で解消」しようとした過去の試みは失敗に終わっていることが指摘されています。オゼンピックも同じような道をたどる可能性があります。「魔法の薬」というアイデアに皆、はじめは興奮しますが、その後幻滅することになるかもしれません。
しかし、肥満危機の規模が非常に大きいということは、もし(これは大きな「もし」ですが)GLP-1薬が体重コントロールに持続的な影響を及ぼすとすれば、その影響は健康だけにとどまらないということです。ファッションから外食、レジャーに至るまで、消費支出の巨大なセグメントに影響を与えるでしょう。
「一口の重要性」
GLP-1薬の使用に伴う懸念の一つは、食事量の減少による栄養摂取不足です。簡単にいうと、人々の食べる量が減った場合、必要な栄養素を確保することが課題となります。
これに対応するため、機能性食品メーカーのアボットは、薬の使用による筋肉減少を防ぐことを目的とした、高タンパク・低脂肪・低炭水化物のプロタリティシェイクを開発しました。
また、ダイエットサプリメントメーカーのハーバライフも、GLP-1ユーザーをサポートする栄養製品を発売しています。小売業では、世界的なサプリメント小売業者であるGNCが、企業として初めて、薬の副作用に対抗するための店舗でのGLP-1サポートプログラムを開始しました。
一方、食品業界もこの流れに対応し始めています。いくつかの食品メーカーが、オゼンピック時代に対応して、少ない分量に最大限の栄養を詰め込むように設計されたミールソリューションを開発しています。2024年5月、ネスレはGLP-1薬使用者向けの食品ライン「Vital Pursuit」を発表し、プラントベースの冷凍食品を提供するデイリーハーベストも同様の取り組みを行っています。
GLP-1薬がもたらす業界の変革
これまでの体重管理ソリューションの多くは、一時的な関心を集めた後に消費者の期待を裏切る結果となりました。登場した直後の興奮は冷め、肥満は増え続けます。ミンテルは医療の専門家ではないので、GLP-1薬がこれまでの「奇跡の治療薬」と同じような軌跡をたどるのかどうかは判断できません。しかし、ミンテルは市場力学、イノベーション、消費者行動のトレンドを予測する専門家です。ウェゴビー®などの減量薬と同様の医薬品が現在の期待通りの成果を上げれば、複数の市場に大きな影響を与えると予測しています。
食品・飲料は市場破壊の最前線に立つと予測
最も明らかなことは、GLP-1薬が食品・飲料業界における消費者の嗜好と技術革新に変化をもたらすということです。基本的に、GPL-1薬は食欲や欲求を抑え、ひいては消費カロリーを減らすことで効果を発揮します。そして、消費カロリーが減れば、食品・飲料ブランドの売上も減るというのが単純な仮説です。
しかし実際には、食品メーカーがこの事態を黙って見ているわけではありません。食品は、最も革新的な消費者向けセクターのひとつであり、新商品開発チームはすでに対応をし始めています。例えば、アルコール業界では、消費量の減少にもかかわらずプレミアム商品を提供することで市場価値を維持してきました。
ブランドには、最も効果的な対応を策定するための時間的猶予がまだあることは特筆すべきでしょう。アメリカでさえ、これらの薬を使用している消費者は少数派であり、アメリカ以外の市場ではさらにニッチな存在です。コスト、サプライチェーンの課題、規制の問題から、本格的な影響が出るのは数年後となるでしょう。しかし、だからといってブランドが手をこまねいている余裕はありません。現時点で予想できる反応の多くは、市場の既存のトレンドに非常によく適合しているのです。
「少量でも高品質」な食品・飲料のイノベーション
GLP-1薬は、イノベーションの糸口となっていますが、その多くは「少量でも高品質」という考えに基づいて設計されています。ネスレによるVital Pursuitの発売は、その方向を取り、消費カロリーが少なくても必要な栄養素を確実に摂取できるように設計された、高品質で栄養価の高い製品です。カロリー摂取量を減らした場合の栄養維持に関する懸念は、サプリメントに関するイノベーション、そして純粋なサプリメントと機能性食品の境界線を曖昧にすることにつながるでしょう。
GLP-1薬の影響は、特にスナック菓子セクターに大きな変革を引き起こす可能性があります。企業は、私たちの「ちょっとつまみたい」というニーズを満たす新しい消費機会や製品を次々と生み出してきました。GLP-1薬が満腹感に与える影響により、このような欲求が減少するという報告は、無意識に間食してしまいがちな人々に大きな変化を与えるでしょう。
しかし、ここでも、「少量でも高品質」がセクターの価値を維持するのに役立つ可能性があります。意志の弱さと戦った経験がある人なら誰でも、「高品質なダークチョコレートを少しだけ食べることで、欲求を満たしましょう」という呼びかけが希望的観測でしかないことを知っています。私たちの多くは、板チョコを開けてしまったら、一気に食べてしまうのです。果たしてGLP-1薬は、ウェルネスインフルエンサーのような食生活を実現するのに必要な、意志の力を高めるブースターとなるのでしょうか?
これらの動きは、ミンテルが追跡し、継続的に提案してきたイノベーションのトレンドです。「食を薬とする」「少量でも高品質」「高タンパク」「より意識的なスナッキング」といったトレンドはすでに広がっており、GLP-1薬はこれらの流れをさらに加速させるでしょう。
美容・化粧品業界への影響
影響を受けるのは食品だけではありません。ミンテルのコンサルティングチームのヴィヴィアン・ラッドとアリシャ・テイラーは、すでに美容業界への影響を理解し予測するための広範な調査を行っています。特に、「オゼンピック・フェイス」と呼ばれる急激な体重減少による肌のたるみやツヤの低下が問題視されており、これに対抗するためのイノベーションの余地が見られます。
2人は、アメリカをテスト市場として、美容・パーソナルケア製品の新発売におけるコラーゲン増加や肌の弾力性への効果を訴求した製品の割合を、高度なデータ分析を用いて追跡しました。この分析によると、このような訴求はまだ比較的小規模なニッチ市場にとどまっているものの、大幅に増加していることが分かりました。
また、競合各社はすでに反応を見せており、昨年ラスベガスで開催された展示会のCosmoprofでは、コラーゲンの減少に対抗すると謳う製品の例が見られました。業界を牽引する大きなチャンスを活かすには、自社の専門知識を活用して科学に基づく革新的処方を開発するとともに、マーケティング力を駆使して、より幅広い市場でこれらの訴求に対する認知度を高めることが重要になります。
ミンテルとともに未来を見据える
消費者向けパッケージ商品(CPG)以外の分野に目を向けると、GLP-1薬の影響は予測しにくいものの、間違いなく混乱を生じさせるでしょう。食は、人々にとって単なる燃料ではなく、人生の多くの分野で中心的な役割を果たしています。それは、私たちが自分自身や、周りの大切な人々をケアする方法でもあります。ほとんどすべての文化において、食は社交の中心にもなっています。私たちの食に対する考え方が変われば、さまざまな産業も変わるでしょう。
例えば、外食産業や広範なレジャー産業は、アルコール消費に対する考え方の変化によってすでに影響を受けています。イギリスでは、アルコールを伴う社交活動を重視する伝統から脱却し、脱出ゲーム、競争的な要素を伴う社会活動、デザートバーなどが成長しています。
GLP-1薬は、これよりもさらに大きな変革を引き起こすかもしれません。テーブルについている人のうち半分の食欲が減退していて、ピザを半分も残しているようでは、外食の魅力も半減してしまいます。
ミンテルはイノベーションの専門家です。弊社の専門アナリストやミンテル世界新商品データベース(Mintel GNPD: Mintel Global New Products Database)で新商品の発売を追跡することで、多くのトレンドを把握しています。ミンテルコンサルティングは、成分や訴求内容の構造の変化から、消費者動向の広範な全体像に至るまで、お客様の分野で既に起こっていることを特定し、次に起こることを予測し、それがお客様のビジネス戦略にとって何を意味するかを理解するお手伝いをいたします。
GLP-1薬が消費者市場に本格的に浸透すると、食品・飲料、美容、ファッションなど幅広い分野に影響を与える可能性があります。今後、消費者の価値観や行動がどのように変化するのか、ミンテルは引き続き調査を続けていきます。
さらに詳しい情報を知りたい方は、ぜひミンテルコンサルティングまでお気軽にお問い合わせください。
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トビー・クラーク(ミンテルコンサルティング EMEA地域担当 VP)
マーケット・インテリジェンス業界で20年以上の経験を持ち、金融サービスのアナリストとしてキャリアをスタート。2024年5月にEMEAコンサルティング担当VPに就任。20年以上キャリアを積んだ今でも、自らをリサーチオタクと称し、クライアントの最大のビジネス課題にリサーチスキルを適用することを楽しんでいる。
ジョニー・フォーサイス (ミンテル 食品・飲料部門シニア・ディレクター)
ジョニーは2007年からミンテルでアナリストとして勤務し、今後数年にわたり食品・飲料業界を形成し破壊する「大局的」業界動向についてクライアントにアドバイスしている。
ヴィヴィアン・ラッド(ミンテル ビューティ&パーソナルケア部門 シニアコンサルタント)
世界の美容業界の専門家コメンテーターとして25年の経験を持ち、進化し続ける美容市場を深く理解。 専門分野は、グローバルおよびローカルな処方、成分、マーケティング、小売トレンドの予測、新しいコンセプトの開発、ポートフォリオ管理、戦略的ワークショップ、インターナショナル・リテール・サファリなど。